筆者は教育史を専門としている。高等学校通信制の研究を始めて日の浅い研究者ではあるが、その研究を進める中で出会った全国高等学校通信制教育研究会の年史について、最新刊である七十周年記念誌を中心に紹介したい。
同研究会(以下「全通研」という)は、現在118校の通信制高校が加盟する団体であり、1950(昭和25)年に第一回が開催されて以来、毎年度総会・研究協議会を行っている。
全通研では、10年ごとに周年記念誌を刊行している。本誌の前刊は『高等学校通信制教育 六十年のあゆみ』として発刊されているおり、本誌はそれから10年間の出来事を中心に記載されたものになる。この間の10年は通信教育が、情報通信技術分野の恩恵を多く受け、システムとして大きな発展を遂げた時期に当たるとともに、学ぶ者の多様化がさらに進んだのもこの10年ではないだろうか。
学ぶ者の多様化、変化の点では、全通研の設立の1950年頃から一定期間は、通信制教育は勤労青年の学びの場であったが、近年では多様な生徒が学んでいる。色々なバックグラウンドを持った生徒を受け入れる教育機関への変貌は今日の他の教育機関以上に進んだと指摘する声も多い。
そうした社会状況の中、平成29年度の第69回研究会において、「通信制教育宣言」が採択されたのは60周年記念誌発刊からの10年間において大きな出来事とみることが出来るであろう。七十周年記念誌の巻頭に記されているその全文は、本文末に記すとおりであり、学ぶ者に寄り添う姿勢や、すべての人に教育を受けさせる、時代へ即応を大きな教育活動の3本柱として宣言している(下線著者)。
<全通研「通信制教育宣言」>
高等学校通信制は、多様な教育方法を実践するなかで、生徒の成長の手応えを十分に感じながら、それを励みとして教育活動を展開できるすばらしい教育の場であります。高等学校における通信制教育が70周年を迎えたことを記念し、全通研は通信制教育に携わる全ての人々とともに、通信制教育の更なる充実と発展を目指して取り組んでいくことをここに宣言します。
1.私たち全通研は、文部科学省「高等教育通信制教育の質の確保・向上のためのガイドライン」に基づき、「生徒に不誠実な教育は教育ではない」という立場から、学ぶ人の心身の成長に資する正しい高等学校通信教育を実現してまいります。
2.私たち全通研は、学びは希望そのものであるという理念を改めて確認し、先達がともし続けてきたその希望の光を、学びを求める全ての人々に届けられるよう高等学校通信制教育の充実にまい進してまいります。
3.私たち全通研は、通信制教育70周年の社会情勢の変化と情報通信技術の進歩を積極的に受け止め、一層の教育研究を重ね、常に時代に即応した新しい教育の実践に挑戦してまいります。
平成29年6月15日
全国高等学校通信制教育研究会
この一冊としての最後に、本周年記念誌の重要性について述べることにしたい。本誌に記された全通研の活動は、年に一度行われる全体の研究会のみではなく、各地区における活動(31-44頁)が詳細に記載されている点も特筆に値する。また、加盟校がプロフィール紹介(47-167頁)で書いている項目を、過去の年史と対比して確認することで、各校のその時々の歩みが確認できる点でも貴重な資料となっている。散逸しやすい各地域の活動記録、各高等学校におけるあゆみが確認できる点は特に重要である。前例踏襲だけで記載するのではなく前発刊以来の活動を詳細に残すことが本誌を生きた資料とするうえで重要である。
本書のような年史は作成に時間がかかる割には埋もれてしまいやすいとも言われる。だが、常々と手に取るとは限らずとも、現場の人間が自身の置かれた環境を再確認する時、研究する人間が客観的に時代ごとの情勢を検討し、未来への方策を考えるとき、傍に置いておきたい一冊でもあるだろう。今、流行りの言葉で言えばPDCAサイクルを回す際の基本資料として、今後ますます重要度は増すと考えられる。先に紹介した、宣言の達成状況を把握するためにも、引き続き本誌が発行され続けることを切に望む。
小暮克哉(岩手大学)
(「日本通信教育学会報」通巻52巻より)