会員の声

遠隔教育大学とスクーリング

2018年7月16日 01時00分
会員の声

 まだ至らない点も多い者ですが、貴学会の所属する栄を賜る機会を頂き、誠に感謝申し上げます。最近、遠隔高等教育に関する研究は、授業デザイン、教授-学習活動、学習効果、メディア技術に関するものは多く見られますが、社会システムや教育制度の枠組みの中で遠隔高等教育の存在意義や位置づけ、伝統的な高等教育との関係性など、マクロ的な観点からの理論的考察は多くないと指摘されています。そのためか、前者を扱っている学会はその勢いを増しているものの、後者を扱っている学会はあまり目にすることができませんでした。ところで昨年9月、日本通信教育学会に出会いました。早速事務局のほうに『研究論集』の最新版をお願いし、拝読しました。最も興味深かったのは、鈴木克夫先生の「『スクーリング』とは何か」でした。同論文は、主に日本の文脈上で書かれたものでありますが、様々なことについて考えさせられました。

 その中でも未だ疑問に思うのは、そもそもなぜ遠隔教育大学においてスクーリングが必要だったのかということでした。遠隔教育の理念とは、人々により多くの教育機会を提供することです。ところで、スクーリングにはどうしても物理的または時間的な制約が伴います。とすれば、その教育的な目的はさておき、両制約によって依然としてそこに参加できない学生たちが出てしまいます。では、インターネット上か仮想現実の中でスクーリングを行うことですべての問題が解決できるのでしょうか。私はそうとも限らないと思います。

 スクーリングが、学生たちを「『学校』に通っている」と感じさせる認識論的信念と関係があると考えているからです。そこで今後の研究では、この仮説を検証したうえで、遠隔教育大学におけるスクーリングの位置づけについて色々お話ができればなと考えております。

(京都大学大学院 鄭漢模)

(「日本通信教育学会報」通巻50号より)