本書は、1957年(昭和32年)に日本通信教育学会が編集者として刊行された。出版意図は、まえがきに、戦後に制度化された通信教育も十周年を迎え、日本通信教育創業時代を伝える資料となると共に、将来への飛躍台の役割を果たすことを願う旨が記されている。企画・執筆・編集は1957年4月の日本通信教育学会常務理事会で企画決定、原稿締め切り7月末という非常に短期間でまとめられた。企画執筆編集には20名が名を連ね、高校・大学社会通信教育関係者、文部省関係者など関係機関から選出されていることがわかる。
本書は、三部構成に分かれており、第一部は、「通信教育十年の歩み」として、七章に分け記載されている。各章の詳細は、「第一章 通信教育と新教育」では、教育の機会均等として通信教育の果たすべき役割について詳述され、「通信教育こそ最も民主的な教育方法であり、また通信教育こそ、民主社会の根底を培う最も有力な教育手段の一つ」と通信教育の利点を高らかに宣言している一方で、例えばスクーリング(面接指導)の問題点やスタディ・ガイドの改善、生涯学習理念への寄与など、今日まで続く広範な問題提起がなされている点は非常に興味深い。続く「第二章 通信教育制度の発足」では、昭和23年の学校教育法制定前後の(特に通信教育委員会発足までの草創期の様相を中心に)文部省やCIEとの交渉の動きなどが詳細に記され制度史研究の側面からも興味深い。「第三章 通信教育十年の概観」では、昭和22年から25年までを二宮徳馬の分類と共に詳細に紹介がなされている。また、昭和28年の通信教育の実施機関及び受講者・学生数は概数で146機関47万6千人であったのに対し、本書が出版された昭和32年の概数は147機関37万2千人と減少している点について言及があり、減少理由を官公庁及び国立大学における現職教育という役割の終了、一般社会の認識が高まり安易な申し込みの減少、量から質へ転換が起こっていると分析している。第四章から第七章は各実施機関の現状と問題点について詳述されている。本稿では紙面の関係で割愛するが、各章立ては以下のとおりである。第四章では大学の通信教育A大学課程の通信教育、B国立大学における教職員通信教育について、特にA大学課程の通信教育では、現状の問題点として人員、施設・設備、教材、スクーリング、学習指導、放送利用の6点を挙げられている。第五章は中学・高校の通信教育、第六章は社会通信教育及び官庁・公共企業体の現職教育、第七章では学会及び連合組織では、日本通信教育学会、大学通信教育協会、全国通信教育研究協議会連合会、全国定時制通信教育振興会、文部省認定通信教育協会の5団体について会則が掲載されているなど、資料的価値も高いといえる。
第二部は、「各実施機関の現状と将来」として五項に分かれ記載されている。「一、大学通信教育」では、慶應大学、玉川大学、中央大学、浪速短期大学、日本大学、日本女子大学、仏教大学(原文ママ)、法政大学、近畿大学の9機関の設立目的や受講者数、卒業者数などの詳細が記されている。「二、国立大学に於ける現職通信教育」では、現職教員に上級教員免許状取得の単位を取得のための教育機関として設けられた教員養成大学および学部、東京芸術大学音楽学部について詳細が記されている。「三、高等学校通信教育」では中学校通信教育が不活発なためと但し書きをしたうえで、高校単体での項建てとし、実施科目や実施校名、卒業生数についての調査結果が示されている。「四、社会通信教育及び職業教育」では、13機関の詳細を記されている。
「五、官庁及び公共企業体の現職通信教育」では、海技専門学院、国税庁税務講習所、日本国有鉄道、日本電信電話公社、郵政省の5機関が行う通信教育について詳細に記されている。各項ともそれぞれの機関による「回顧と展望」の記載があり各機関独自の総括と今後が語られている点は資料的価値が高い。
第三部は、「資料」で七項に分かれ、一、大学通信教育基準、二、高等学校通信教育規程(付、高校学習指導要領の改正点)、三、通信教育実施機関一覧、四、関係団体一覧、五、日本通信教育関係文献、六、IFEL通信教育科参加者名簿、七、日本通信教育学会役員名簿の各項が掲載されている。巻末の年表は昭和21年6月から昭和32年11月までの通信教育関係の関連事項が記載されている。
最後に、本書が発刊されて60年以上の月日が経過した。通信教育を取り巻く環境は科学技術の進歩や受講生の変化により激変した。60年以上の歳月の中で、本書で指摘されたいくつかの問題は既に解決し、社会的役割を終えている。ただし、本書の中で指摘された通信教育が本来持つべき教育的意義や役割は現代においてますます広がりをみせているようにも思われる。
新型コロナウィルスの脅威は現在も続いている。こうした非常事態だからこそ、本書を発刊した当時の通信教育学会会員諸氏の思いにはせ、今、解決すべき問題と今一度対峙する勇気を与えてくれる一冊である。
小暮克哉 (岩手大学)
(「日本通信教育学会報」通巻57号より)