2020年3月11日、世界保健機関(WHO)は「パンデミック宣言」を発表した。この宣言の前にドイツとフランスにいた編者の2人がコロナ禍での各国の教育事情を多数の研究者仲間とともにまとめ、緊急出版したものが本書である。
調査・記録の対象になっているのは、2020年のパンデミック宣言から2021年10月末日までである。第1部では「コロナ禍で世界の学校はどうなったか」と題して、日本、マダガスカル、オランダ、ノルウェー、ケニア、中国、アメリカ、イギリス、カナダ、トルコ、エストニア、フィンランド、モンゴル、イラン、ロシア、ニュージーランド、ボスニア・ヘルツェゴビナ、南アフリカ、ドイツの学校での子どもたち、保護者、教師の様子を中心に「現場」の状況が紹介されている(第1部、第2部ともに初等中等教育が主なフィールドである)。第2部では「コロナ禍のなかでの世界の教育」をテーマに、ドイツ、スペイン、スウェーデン、フランス、イギリス、シンガポール、ブラジル、日本が取り上げられている。第2部は世界各地のとりくみを描き出し、日本の教育の在り方との比較を行っている。
本書は、通信教育をテーマに書かれたものではないが、世界各地でのコロナ禍に見られたICT活用、遠隔教育、教員によるアウトリーチ、マイノリティや生活困窮の家族への支援など、多方面にわたる教育保障についての情報を得ることができる。筆者は通信制高校に長く勤務してきたので、さまざまな苦労を抱える生徒が集う通信制の学びとコロナ禍での世界各地のとりくみとを結び付けて考えられるのではないかと思い本書を手に取った。
改めて言うまでもないが、コロナ禍はその国や社会に埋め込まれているレジリエンスや構造的課題を露わにした。「どういった社会なのか」が行政のコロナ対策として現れ、またその対策への人びとの反応として現れる。ここでは、本書の記述から就学義務と教育義務という視点で各国を比較してみる。
エストニアはPISAでOECDトップになるなどの教育立国となっているが、コロナ禍でホームスクーリングを選ぶ家族が増えたという。ホームスクールができるということは、社会が就学義務ではなく、教育義務を重視しているからであろう。
スウェーデンは、マスクの着用を推奨せず、厳しい行動制限や全国的な学校閉鎖も行わなかった。国内でも賛否があり、「ノーガード戦法」などと揶揄された。国会は2020年3月19日に一時的な学校閉鎖に関する新法を制定したが、新法施行後も基礎学校の全国的な休校措置はとられなかった。スウェーデンは就学義務の立場をとる国である。
フランスは、就学義務ではなく教育義務の立場をとり、ホームスクールが認められている。教育法典には「学校に就学することができない子どもの教育を主として保障するために、遠隔教育に係る公共サービスを組織する」という規定があり、メディア教育や教材が国立遠隔教育センター(CNED)を中心に用意されてきた。2020年3月16日から5月10日の休校措置にもかかわらず遠隔教材・授業が一定の成功を得られたのは、それまでの不登校者や院内学級やホームスクールの児童生徒のために用意されてきたCNEDのプログラムを転用できたからだという。
日本は就学義務の立場であり、学校への出席が基本となる。そして、修得主義ではなく履修主義がとられている。そのため、休校期間中に失われた授業時間の確保に奔走することになった。本書によれば、こうした動きは他国ではほとんど見られず、日本の特徴の一つとなっているとのことである。「通信制高校を全日制や定時制と対等な存在として認めようとしない潜在意識」と出席と履修を重視する意識とのつながりのようなものを感じた。
コロナ禍にあって、世界各地ではさまざまな人的、財政的な限界のなか、児童生徒のウェルビーイングのためにあらゆる方法を使ってとりくんでいた。こうしたとりくみに学ぶことができる一冊である。
井上 恭宏(國學院大學兼任講師)
(「日本通信教育学会報」通巻62号より)